Sabaku_Manのブログ

50年~80年の洋楽、旅行についての個人ブログです。
昨今、ネットで検索しても広告や信用できない情報が多いと思っています。
このブログのポリシーは、とにかく自分の本音、感じたことを素直に、
そして、見てもらった人のためになる記事を書きたいと思っています。
ただし、更新日が古い記事については、書いてある情報も古くなっているので注意してください。
適宜更新。
2012年5月開設

1973年、「Goat's Head Soup (Reis)(山羊の頭のスープ)」をリリースし、英米で1位を獲得。
このアルバム以降のストーンズは誰でも聴きやすいのではないだろうか。
ヒットシングル「Angie(悲しみのアンジー)」。
前作までのようにブルースなどのルーツを感じさせるものは無い。


ノリノリのダンス系「Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」。



1974年のアルバム「It's Only Rock N Roll (Reis)」からタイトル曲。
シンプルなロック。



翌年にはベストアルバムを出していることから、このころがバンドの節目だったのだろう。
ギタリストのミック・テイラーはバンドを離脱し、新しくロン・ウッドが加入している。
また、バンドの顔といえるキースとミックの仲が徐々に悪くなっていく。
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70年代中頃までは、サイケ時代に枝分かれしたロックのサブジャンルが、それぞれ発展していった時代。
大音量でギター中心のハード・ロック、カントリーやブルース色を強めたルーツ系ロック、演奏技術や芸術性などを醍醐味にしたプログレッシブ・ロック、中性的でファッション性の強いグラム・ロックなどが流行った。
また、バンドではなく個人で活動するシンガー・ソング・ライターが注目されたり、落ち着いた大人向けのAOR、ポップス色の強いソフト・ロックもチャートを賑わした。

そんな中、ストーンズはあえて言うならハード・ロック、ルーツ系ロック・バンドという立場で活動していたといえる。

1971年、前2作と共に名盤の誉れ高い「Sticky Fingers」をリリース。

ストーンズの顔ともいえるギターのリフを持つシングルヒット「Brown Sugar」。
ミドルテンポでここまでグイグイと押していけるのは、このギターとミックのボーカルがあるから。
それにしても映像のミックのメイクは、当時流行っていたグラム系ロックを意識しているのか。


「Wild Horses」は、カントリー系のミュージシャンで早世したグラム・パーソンズに捧げたバラードといわれる。


中毒性のあるリフと豪華なホーンが入る「Bitch」。


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1968年のアルバム「Beggars Banquet」はストーンズの代表作。
他のアーティストがこのアルバムを作れたか、絶対にできない、といえる程のオリジナリティがあるり、これがまさにストーンズ(当時の)といえるアルバムだ。

ちなみに前作のサイケ路線から急旋回した内容だが、これはビートルズなども同じで、サイケ一辺倒から一気にルーツへと回帰している。

歌詞も曲もストーンズならではの「Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)」。


アコースティック・バラードの名曲「No Expectations」。
初めて60年代のロック・アルバムを聴いた人は、この曲のようなアコースティックな曲を聞いて、なんでロック?と思うかもしれない。
でも当時はこれが当たり前。
ジャズでもない、オペラでもない、クラシックでもない、フォーク(民謡)でもない、若者が親世代とは違う自分達の感性を詰め込んだものがロックだと思う。
派手なギターソロが無くてもロックはロックだ。


シングルの「Street Fighting Man」。


アルバム最後は壮大な「Salt of the Earth」で終わる。
画像はアルバムのジャケット。
これがストーンズのやってる音楽なんだぜ、という声が聞こえてきそうだ。



60年代のストーンズの主力メンバーだったブライアン・ジョーンズが溺死し、このアルバムが彼の演奏の最後となった。
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新生児 6日目
5日目までは、日に日に成長するのが見えたけど、6日目は今ひとつ。
でも体重は激増。
体重は2400gとかなり小ぶりなのだが、今日1日で100gも増えた。

生まれて数日は体重が減少すると聞いていたが、
もともと小さい上、さらに減っていく体重がいつ反転するのか、ちょっと心配だった。
でも杞憂に終わったようだ。

おっぱいもしっかりと飲み始めたらしい。
ミルクも飲む。
目をカッと見開いて、おっぱいを飲んでいる姿は滑稽だが、生命のたくましさを感じる。
この調子で大きくなって欲しいなあ。

肌がしっかりしてきた気がする。
目つきも鋭くなってきた。
手足の動きも鋭くなってきた。
なんだかんだで、やっぱり成長している。

わずか30分だけど、一緒にすごしてお話をしてきた。
赤ちゃんが聞いていようが、どうだろうが関係ない。
気づけば話している。
そんな自分に妻の嫉妬の視線を感じ始めたので、ちょっと怖い。


7日目
体重が軽かったけど、無事に妻と共に赤ちゃんも退院。
妻の実家へ。

チャイルドシートは新生児用のものがあるので安心。
車の中ではぐっすり眠っていた。

今の赤ちゃんの生活サイクルは、
おっぱい・ミルク、
ちょっと寝る、
起きてお目目パッチリ、
泣く、
疲れて寝る。
こんなサイクルを繰り返している。

妻は相当しんどいらしい。
そりゃ3時間おきにおっぱいをせがまれるのだからなあ。
幸い実家がある程度手伝ってくれるので、自分がしてやれるのは、労りの言葉程度。

もし親がいなかったら大変だと思う。
出歩けないし、夜はぐっすり眠れない。
人によっては、自分の栄養が足りずにぐったり。
マタニティブルーなんて言葉もある。
我が子の命のために頑張って、としか言いようが無い。

それにしても、おっぱいや哺乳瓶にすいつく口を見ると、タコみたいで笑ってしまうが、我が子の逞しい姿を見て嬉しくなる。
自分もこうやって育てられたのだな、と思うと母に感謝するしかない。

なんだか話がそれていった。

で、7日目の我が子は・・・
握力が強くなった気がする。
手をとってみると、グイグイっと引っ張ってくる。
他には・・・昨日とそれほど変わらないかな。

とにかく健康で順調に育っている。


8,9,10日目
さすがに1日1日の成長の度合いが鈍ってきたようなので、3日分まとめて記録。

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              66年から67年のサイケ期までのストーンズは、その後のストーンズ流ロックが見え隠れする。

1966年のヒット・シングル「19th Nervous Breakdown(19回目の神経衰弱)」
今までの曲とはちょっと違う。
凝っている。



前年には「As Tears Go By」をマリアンヌ・フェイスフルに提供するなど、この頃になるとストーンズは作曲に熱心に取り組み始めたのだ。
実はストーンズの2ndシングル「I Wanna Be Your Man」はビートルズから提供された曲。
もし優れたカバー・バンドとして満足していたら、その後の活躍は無かったかもしれない。
そして、曲作りについて色々なアドバイス(お金の事なども)をしたのはビートルズらしいが、もしそうならビートルズは単にヒットを飛ばすだけでなく、時代の流れにも大きな影響を与えていたのだなと思う次第。



1966年、ストーンズは全曲自作のアルバム「Aftermath」をリリースして、しかもヒットさせた。

この頃の代表曲でシングルヒットした「Paint It Black(黒く塗れ!)」
リフを奏でるのはシタールというインドの弦楽器。
66年、67年は、東洋の楽器や東洋思想を取り入れた曲、ドラッグを連想させる曲が一大ブームとなった。
ストーンズはビートルズらと共に、いち早くその流れを取り入れていったバンドだった。
アジテーションのような歌い方も印象的だ。


代表曲ではないと思うがサイケ・フォーク的な「Lady Jane」
65年、アメリカのバーズやボブ・ディランがフォークを取り入れたアメリカン・ロック(フォーク・ロック)でヒットを飛ばし注目を集めた。
これに対してストーンズやビートルズをはじめ多くのバンドもフォーク調の曲を作り、また歌詞は詩的な表現や社会的なメッセージを盛り込んだものとなった


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