Sabaku_Manのブログ

50年~80年の洋楽、旅行についての個人ブログです。
昨今、ネットで検索しても広告や信用できない情報が多いと思っています。
このブログのポリシーは、とにかく自分の本音、感じたことを素直に、
そして、見てもらった人のためになる記事を書きたいと思っています。
ただし、更新日が古い記事については、書いてある情報も古くなっているので注意してください。
適宜更新。
2012年5月開設

Category: 好きな曲など

ボニー・レイットのカバーを聞いて初めて知った曲。



オリジナルは、黒人シンガーのJames Rayが1961年にリリースしてヒットさせている。



60年代では、フレディ・アンド・ドリーマーズがヒットさせたり、ビートルズもカバーしてたようだ。

以下、歌詞の和訳。

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クイーンの曲で一番好き。


1974年リリースの3rdアルバム「Sheer Heart Attack」に収録。

タイトルに自身のバンド名が入るだけに、バンドにとってちょっと特別な歌なのかもしれない。
他の曲は何度か聴いていると歌の内容がなんとなく分かるのだが、
というかそもそも分かりやすい内容なのだが、この曲はさっぱりだ。

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レッド・ツェッペリンの代表曲の1つ。
ツェッペリンの曲ではこれが一番好きかも知れない。
ジミー・ペイジのギターソロはもちろん、オーバーダブされたギターによる硬質な分厚いサウンド、ボンゾの重厚なドラムは唯一無比のカッコ良さ。
これを聴くと一気にやる気が出るが、ずっと聴き続けたいと思ってしまい、結局は何も手につかなくなる。




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1976年のスティーリー・ダンのシングル。
邦題は「ハイチ式離婚」。
サビでの転調、どっぷりはまれる最後のギターソロが好きだ。


この曲もそうだけど、この曲が収録されているアルバム「The Royal Scam(幻想の摩天楼)」は何度聞いても飽きない。

して、和訳して歌詞の内容をみると・・・

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デビュー後、2枚のスタジオアルバムをヒットさせ、1968年、足早に3作目「Electric Ladyland」をリリース。
ボブ・ディランやビートルズがこぞって2枚組みレコードを出しているのに影響されたのか、2枚組みのアルバムだ(全16曲)。
ロックは、ブルースやカントリー、ジャズ、クラシック等、あらゆる音楽ジャンルを取り込んで発展していったが、このアルバムも既成概念に囚われないジャズやプログレ的な内容の垣間見えるアルバムとなっている。

このアルバムからの代表的な曲としては・・・

ミドルテンポでドラムがカッコイイ「Crosstown Traffic」
音源が無いのでレッド・ホット・チリ・ペパーズのライブカバーを。



ワウギターといえばジミ。
そしてこの曲「Burning of the Midnight Lamp」
シングルでリリースされている。



ボブ・ディランのカバー「All Along the Watchtower(見張り塔からずっと)」
原曲より有名かもしれない。



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最も偉大なロック・ギタリストといわれるジミ・ヘンドリックス(ジミヘン)の代表曲や名曲、オススメ曲を年代順に紹介!

ジミヘンの活動期間はバック・ミュージシャン時代を含めてもわずか6年ほどで、生前のスタジオ・アルバムは3枚、ライブ盤はわずか1枚。
ジミの作品の詳細についてはウィキを参照のこと。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%9F%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%81%AE%E4%BD%9C%E5%93%81#.E3.83.A9.E3.82.A4.E3.83.96.E3.83.BB.E3.82.A2.E3.83.AB.E3.83.90.E3.83.A0_2

手っ取り早くジミヘンの曲を聴くにはベスト盤という手がある。
ベスト盤としてはこれが一番。
Experience Hendrix: the Best of Jimi Hendrix

気に入った曲があれば、その曲が収録されているスタジオ・アルバムやライブ・アルバムを買ってきくだけだ。


さて、ジミ・ヘンドリックスはデビュー前の1966年、大物アーティストのバックバンドで演奏をしていたが、自身のバンドThe Jimi Hendrix Experienceを率いてイギリスでデビュー。
メンバーはジミを含め3名。
ドラムのミッチ・ミッチェルとベースのノエルレディングは白人なので、黒人系(ちょっとマイノリティ)と白人系の混成バンドだった。
(ジミは純粋な黒人ではなく、アメリカ先住民の血を受け継いでいる。)
1967年当時としては、人種を超えたバンドはまだ珍しい。
さらに出身国は、ジミはアメリカで、他の2人はイギリスなので、珍しいメンバー編成のバンドだ。

デビューシングルはフォークのカバー曲「Hey Joe」。
イギリスでヒット。
落ち着いた曲調だが、ギターはファズをギンギンに聞かせた音が時代を感じさせる。
ライブ映像では歯で弾いたり頭の後ろで弾いたりと曲芸を見せている。


何でフォークをカバーしたのか。
ジミが気に入ったといえばそれまでだが、当時はフォークをロックにするのが流行っていたのだ。
1965年、バーズやボブ・ディランがフォークをベースにロックを演奏することで大きな注目を浴び、他のバンドも追随していた。

1967年、ジミの看板曲ともいえる「Purple Haze(紫の煙)」をリリース。
イギリスやアメリカを始め各国でヒットした。
サイケデリックな歌詞やサウンドが特徴的で、いわゆるジミヘンコードが印象的。



フィードバックによるイントロの重いブルース・ロック「Foxy Lady」
60年代後半は、ブルース色の強いロックや、ハードな演奏をするロックが人気となっていった。


曲の最後3分55秒ぐらいのアームを用い方は独特。
アームはビブラートをかけるための装置だったが、このような使い方をしたのはジミはが初めてだった?

1967年、1stアルバム「Are You Experienced ?」がリリースされヒットする。

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1973年、「Goat's Head Soup (Reis)(山羊の頭のスープ)」をリリースし、英米で1位を獲得。
このアルバム以降のストーンズは誰でも聴きやすいのではないだろうか。
ヒットシングル「Angie(悲しみのアンジー)」。
前作までのようにブルースなどのルーツを感じさせるものは無い。


ノリノリのダンス系「Doo Doo Doo Doo Doo (Heartbreaker)」。



1974年のアルバム「It's Only Rock N Roll (Reis)」からタイトル曲。
シンプルなロック。



翌年にはベストアルバムを出していることから、このころがバンドの節目だったのだろう。
ギタリストのミック・テイラーはバンドを離脱し、新しくロン・ウッドが加入している。
また、バンドの顔といえるキースとミックの仲が徐々に悪くなっていく。
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70年代中頃までは、サイケ時代に枝分かれしたロックのサブジャンルが、それぞれ発展していった時代。
大音量でギター中心のハード・ロック、カントリーやブルース色を強めたルーツ系ロック、演奏技術や芸術性などを醍醐味にしたプログレッシブ・ロック、中性的でファッション性の強いグラム・ロックなどが流行った。
また、バンドではなく個人で活動するシンガー・ソング・ライターが注目されたり、落ち着いた大人向けのAOR、ポップス色の強いソフト・ロックもチャートを賑わした。

そんな中、ストーンズはあえて言うならハード・ロック、ルーツ系ロック・バンドという立場で活動していたといえる。

1971年、前2作と共に名盤の誉れ高い「Sticky Fingers」をリリース。

ストーンズの顔ともいえるギターのリフを持つシングルヒット「Brown Sugar」。
ミドルテンポでここまでグイグイと押していけるのは、このギターとミックのボーカルがあるから。
それにしても映像のミックのメイクは、当時流行っていたグラム系ロックを意識しているのか。


「Wild Horses」は、カントリー系のミュージシャンで早世したグラム・パーソンズに捧げたバラードといわれる。


中毒性のあるリフと豪華なホーンが入る「Bitch」。


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1968年のアルバム「Beggars Banquet」はストーンズの代表作。
他のアーティストがこのアルバムを作れたか、絶対にできない、といえる程のオリジナリティがあるり、これがまさにストーンズ(当時の)といえるアルバムだ。

ちなみに前作のサイケ路線から急旋回した内容だが、これはビートルズなども同じで、サイケ一辺倒から一気にルーツへと回帰している。

歌詞も曲もストーンズならではの「Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)」。


アコースティック・バラードの名曲「No Expectations」。
初めて60年代のロック・アルバムを聴いた人は、この曲のようなアコースティックな曲を聞いて、なんでロック?と思うかもしれない。
でも当時はこれが当たり前。
ジャズでもない、オペラでもない、クラシックでもない、フォーク(民謡)でもない、若者が親世代とは違う自分達の感性を詰め込んだものがロックだと思う。
派手なギターソロが無くてもロックはロックだ。


シングルの「Street Fighting Man」。


アルバム最後は壮大な「Salt of the Earth」で終わる。
画像はアルバムのジャケット。
これがストーンズのやってる音楽なんだぜ、という声が聞こえてきそうだ。



60年代のストーンズの主力メンバーだったブライアン・ジョーンズが溺死し、このアルバムが彼の演奏の最後となった。
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              66年から67年のサイケ期までのストーンズは、その後のストーンズ流ロックが見え隠れする。

1966年のヒット・シングル「19th Nervous Breakdown(19回目の神経衰弱)」
今までの曲とはちょっと違う。
凝っている。



前年には「As Tears Go By」をマリアンヌ・フェイスフルに提供するなど、この頃になるとストーンズは作曲に熱心に取り組み始めたのだ。
実はストーンズの2ndシングル「I Wanna Be Your Man」はビートルズから提供された曲。
もし優れたカバー・バンドとして満足していたら、その後の活躍は無かったかもしれない。
そして、曲作りについて色々なアドバイス(お金の事なども)をしたのはビートルズらしいが、もしそうならビートルズは単にヒットを飛ばすだけでなく、時代の流れにも大きな影響を与えていたのだなと思う次第。



1966年、ストーンズは全曲自作のアルバム「Aftermath」をリリースして、しかもヒットさせた。

この頃の代表曲でシングルヒットした「Paint It Black(黒く塗れ!)」
リフを奏でるのはシタールというインドの弦楽器。
66年、67年は、東洋の楽器や東洋思想を取り入れた曲、ドラッグを連想させる曲が一大ブームとなった。
ストーンズはビートルズらと共に、いち早くその流れを取り入れていったバンドだった。
アジテーションのような歌い方も印象的だ。


代表曲ではないと思うがサイケ・フォーク的な「Lady Jane」
65年、アメリカのバーズやボブ・ディランがフォークを取り入れたアメリカン・ロック(フォーク・ロック)でヒットを飛ばし注目を集めた。
これに対してストーンズやビートルズをはじめ多くのバンドもフォーク調の曲を作り、また歌詞は詩的な表現や社会的なメッセージを盛り込んだものとなった


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